令和2年元旦より


令和2年1月1日 水曜日

朝起きて、ルーテル教会へ。

慌てて駆け込んだから、変だ、車が一台も駐車していない。どうしてだろう。

いつも3台停まっているのに。

中へ入って気づいた。

そうか、今日は元旦礼拝だから、11時開始なんだ。

結局、オルガン奏者さんを別とすると一番乗りになった。

ラッキー。

やはり、ルーテル市ヶ谷は立派だ。

ちゃんとしている。
他所を見たからそれが分かる。
エパタから来たから、そのギャップにびっくりしたものだ。

昼間寝ていたら、身体が休まって、よくなって行くのが分かる。

明日、咳をしないで過ごせるかな。

これからドンキへすのこを買いに行く。4枚目のすのこ。
あと3枚くらい敷き詰めて、棕櫚竹と、数種類の植物を持って来れば、ルーフガーデンになる。
さて、どんな植物を持って来ようか。

私がいない時でも、神様の雨だけで育つような種類にしないと。

1人はすごくいい。

猫に会いたいけれど、でも、1人はいい。

二重生活は必要だと思う。

これで自然があれば最高。

さあ、今年は、山での生活どんな風に展開して行くだろう。

楽しみな年の始め。

神様と一緒に新年を迎えた喜び。



令和2年1月2日 木曜日

朝起きて、築地本願寺へ原付バイクで。
和服の頃と違って、ちりめんのロングドレスだから、原付バイクで十分。

三郎おじさまは、病院にいらして、もう、お集まりにはいらっしゃらないとのこと。

明おじさまは、初めて、車椅子でいらした。新年の音頭取りのお言葉もなかった。こんなこと初めて。
でも、能明君が大島紬で来たから、嬉しかった。

やはり、最高の装い。

これから毎年和服でいらしていただきたい。

ミルウォーキーのお家はどうしたのだろう。

幹事は恭ちゃん。

本願寺のトイレにハンドバッグを置いて来たけれど、ちゃんと事務所に預けてあった。

仏様の場所で物が失くなるはずはない。

午後ちょっと横になってから、戸塚へ戻ったらすでに夜の9時。全然疲れていなかった。

やはり運転は、身体が十分に休息を取って行うべきものだと思う。当たり前のことなのだけど。



令和2年1月3日 金曜日

 

なんだかだんだん咳が少なくなって来ている。

あともう少し。

ゆみちゃんが山梨から迎えに来て、ふうばが久美ちゃんのところへ行ったので、近所の下郷神社へお参り。

元旦:市ヶ谷ルーテル教会

2日:築地本願寺

3日:戸塚下郷神社

お昼は鰻、夜は、お刺身。
『裸足の舞踏家、パラオへ行く』、書き上がるかしら。
大敵はfacebook。

時間が足りない。
昼、1時間ほど横になったから、まだエネルギーがある。

bitcoinはほどほどにしておかないと。
始めたのが、11月で百万円台の時に買ったから、今の苦労がある。日本円額面では下がっているけれど、ビットコインの枚数は増えているから、その調子で、ともかく枚数を増やすことだけに専念したほうがいい。
そのためには、時を味方につけないと。
下で買って、上で売る。
途中は放っておく。余計なことをしない。


令和2年1月4日 土曜日

 

執筆を始めたのが、夕食後だったから、『裸足の舞踏家、パラオへ行く』は、結局、あとがきまで終わらなかった。新納さん自身が「おもしろい」と言ってくれたのが救い。励まされたから、頑張ろう。

一歩も外へ出ないで執筆する日を何日か作れば、出版は楽勝。

朝、庭で数十分過ごすその時間は、とても貴重。

ちょっと夜中にまずいことが起きた。

猫たちが騒がしい。庭で子ネズミを捕まえて来て、白猫と黒猫が嬲り殺しにしたようだ。

死んだ子ネズミを放り投げたり、嬲ったりして遊んでいる。

ああ、病原菌が廊下中に撒かれてしまったのだと思う。

どうやって、掃除すればいいのだろう。もう夜中の2時だから、とりあえず寝る。ふうばが見たら、叫び声を上げるだろう。アジアでまだ行ってない国、ブルネイ、ネパール、ブータン、ミャンマー。


令和2年1月5日 日曜日

 

朝、少しお寝坊してしまって、教会へ遅刻して到着。

今年初めての主日礼拝だというのに、お土産も買えなかった。私としたことがお恥ずかしい。8時半に起きたというのに。でも、お風呂に入って、ご飯を食べていたり、しかも、メイクなんかすると、それでも結構いっぱいなのかもね。

市ヶ谷砂土原町に住んでいた時なんか、誰よりも近くて、教会の住所自体が市ヶ谷砂土原町だったにも関わらず、ほとんど毎回遅刻して行った私。
ああ、就職しなくて良かった。

したら3日でクビになっていたことだろう。私は時間に拘束されるのは向いていない。

戻って来て、マカロニグラタン、トマトとタルタルソースを作った。

ここのところ、いっぱい食べている。3食。私は本当は2食でもいいの。


令和2年1月6日 月曜日

 

世の中は今日からスタートだけど、私はゆったりライフ。郵便局からベンガルさんにインドに持って行っていただく物を送った。局留め郵便はまだ届いてない。

お陰様で、咳はほとんど出なくなった。

あのむせるような咳と痰は一体何だったのだろう。

朝ゆっくり起きて、お風呂に入り、朝食後、お庭で1時間ほど植物の手入れをしながら過ごす。
まるで療養生活。
でも、これで治った。
信じられない。ちゃんと息ができる。
昨日は、礼拝中に、咳き込まないで済んだ初めての礼拝かもしれない。
よもぎ蒸ししようかと思っていたけれど、普通のお風呂でも結構ここまで治るものだとわかった。

よもぎ蒸しは、物が増えるから、山へ引越してからでもいいと思う。1月9日に東京へ行くから、それのホテル予約した。毎回違うところ。その方が面白い。

情報量が増えることって、楽しいと思えるうちが若さだと思う。

毎回同じでいいと思ったところが、その人の老化の始まり。ふうばをお墓まいりにお連れしないと。


令和2年1月7日 火曜日

 

昨年収穫した唐辛子をハサミで細かく刻んだ。

くしゃみが出た。今年は、フライパンで炒らない。

2年連続で唐辛子を栽培したことになる。

これもピーマンさんのお陰。

今年は、季節になったら、自分でピーマンの萎えを買ってみたい。どこに植えるのだろう。

さあ、今後の展開が見もの。
明後日の猫シッターさんとの面会が決まり、11日に納車されることも決定し、いろんなことが展開し始めた。

今日、出版できるかな。昼寝したから、すこぶる頭が働く。


令和2年1月8日 水曜日

 

これが昨年収穫した唐辛子。

量が多かった。真剣に作ると、多くの量ができるから、やってみよう。買ったほうがはるかに簡単だけど、世話をしたり作る過程が楽しい。

やった、『裸足の舞踏家、パラオへ行く』を電子出版した。
一週間でやった。

六本木テツヤ先生に弟子入りすることにした。
やっぱり餅は餅屋。それも、一番いい先生につかないといけない。
戸塚ルーテル教会の聖書研究会へ行った。

昼はチャーハン。夜は、麻婆豆腐。


令和2年1月9日 木曜日

 

猫シッターさん来訪。

東京行き。倉庫から電動自転車の充電器を取り、原付バイクを四谷三丁目に置いて、自転車で秋葉原のカプセルホテルへ。

赤坂見附に続いて2軒目。いろんなところを試してみたい。

楽しそう。同じところだとつまんない。定宿なんかいらない。
新しいことだけに興味が湧く。

大風呂がなくて、小さなシャワーブースがずらりと並んでいるけれど、スペースのことを考えると、大風呂を作った方が、場所の節約になると思った。シャワーブースを減らせば、サウナだって作れる。
お湯は提供するけれど、珈琲やお茶は提供していないから、自分でテーバッグを持参すること。私はいつもほうじ茶のティーバッグ持ってるからOK。温度が暑すぎなくてよかった。
秋葉原の駅からすごく近い。ヤフーマップで見た工事中の場所は、なんのことはない、住友不動産秋葉原の新築ビルになっていた。自転車は昭和通りに置いた。
トイレの中に、壁付けの拭き取り消毒スプレー置けばいいのにと思った。
たった3つしかないトイレをあの人数で使うのだから。


令和2年1月10日 金曜日

 

秋葉原のカプセルホテルに泊まったのは、朝、三雲先生の事務所へ行くから
四谷三丁目で朝ごはんを食べ、大久保一丁目の倉庫に荷物を置いて、高田馬場の弁護士事務所へ行く。

和ちゃんの住所は、本町3丁目48−21。あの子は本当に心が優しい魅力的な子だったから、私たちは仲良しさんだった。ぶすっとした太った嫁のせい。

アップスショップへ行ったら、すごく混んでいたから、戻って来た。

自分で設定しないといけない。やだな。こういうのって。

でも、タブレットでやれば、携帯で原稿書くより便利。

旅行に行く前に使えるようにしないと。
早い時間に戸塚に戻ったから、運転が楽だった。


令和2年1月11日 土曜日

 

黄色い軽自動車esseが納車された。

生まれて初めての4輪車。

ふうばを乗せて、元横浜ドリームランドだったところにあるお墓へお参りに行く。

一度行ったから、もう今度はふうばのナビなしに行かれる。
横浜薬科大学は、ホテルだったビルにある。すごい。

節夫おじさま、今、ふうばとこうしていられるのも、節夫おじさまのお陰。

ふうばが、何一つ不自由なく生きられるのは、節夫おじさまが、一生かけてふうばを守ったから。大正14年生まれで、ふうばが昭和8年。
地味なふうばをよく大切にして下さってありがとうございます。
普通の男なら、「ハレ」で「華」であるまゆみさんを選ぶのに、節夫おじさまは、「ハレ」の反対の「ケ」で、いたって地味なふうばを大切にして下さった。

すごい人だと思う。

納車されて一番最初に行った場所が、節夫おじさまのお墓で本当に嬉しい。

帰りにお買い物をして帰って来たが、車庫入れができない。
ものすごく斜めになってしまったから、戸塚警察のおまわりさんに来ていただく。

壁にぶつけないでバックさせるには、どちら側にハンドルを切ったらいいのかわからない。
さあ、明日、早速合い鍵を作らないと。失くしてしまう前にね。

それにしても、戸塚警察(045-862-0110)の警察官は、態度がなっていない人がいる。

おっさん警察官加藤は、下の名前を言うことを拒否。
「拒否する理由はなんですか、隠さないといけない何か重要な理由があるのですか」と聞いたら、若い警察官、片方ゆうまさんは、まだ、警察の薄汚い空気に汚染されていないせいか、素直に名前を言った。

さすが、若い人は、心がきれい。それでおっさんは、仕方なく、警察手帳を見せた。写真を撮ろうとしたら、激しく拒否された。偽造なんでしょうか、自分で作ったとか。本物だったら、そんなにすぐに隠す必要ないのに。

 

で、結局、130013号の加藤將(まさし)。そんなに立派なお名前お持ちなら、教えればいいのに。
部下の方が先に名前を言ったので、「おっ、やべえ」と思ったのだろう。
警察官による犯罪が多い中、下の名前をきちんと聞いておくことは、大切だと思う。


令和2年1月12日 日曜日

 

教会へ行くと半日しかない。

明日、朝から出てつくばへ行き、翌日は、午後、六本木先生による電子書籍出版のご指導を受けるから、準備も必要。

檜原村へ行くのは、つくばが終わってからにしよう。
駐車の仕方がいささかアレだけど、まあ、仕方ない。
敷地内には、収まっている。(ことにする)。

嫌がるふうばを連れて、高尾のお墓へ行って本当に良かった。

亘さん、もとおばあさま、肇おじさま、妙子おばさま、そして大前靜さん。
全員に新年のご挨拶ができた。

だけど、運転が大変過ぎた。特に帰り。
行きは間違えなかったから、良かったけど、帰りはちょっと、難しかった。
もっと別の道ないのかなあ。新宿から高尾は、ずっと20号線だから簡単だったけど、ここからだと、いろんな道を使うからちょっとね。運転のストレスで、咳と鼻水がすごくて、百回くらい鼻をかんだ。


令和2年1月13日 月曜日

 

つくばでヨハン・シュトラウスのオペレッタ『コウモリ』をフラワーと一緒に。

川端さん、ありがとうございます、一番前の真ん中の席。

それを見てから、タクシー(¥2000)で急いで、Youワールドの温泉へ。

川越以来の大衆演劇。楽しみ。観劇セット夕食メニューだと、温泉とコース料理とドリンクついて、3080円。

温泉は、塩サウナもあるし、いい感じ。露天風呂は、しょっぱい。

明日は月に一度の掃除の日なので、2分で着替えて、パニックで最終バスで、つくばへ。ほぼ最終みたいなエキスプレスで秋葉原へ。
先週泊まったベイホテルに電車の中から予約を入れて、たどり着いた。¥3900。
すでに夜中の12時近かった。


令和2年1月14日 火曜日

 

 2時に寝て、5時半に起きて、シャワー。

また寝る。この二度寝が一番休まる。
で、10時5分前に気がついて起きて、最後の客として宿を出た。

六本木ヒルズのアカデミーで六本木タツヤさんの電子書籍指導を受けた。

正味1時間くらい。

目次の作り方、ページの変え方、フォントのこと、出版するたびに著者プロフィールに新しい本を掲載しないといけない、英文で原稿を作りアップするなど、いろいろなことを教えていただいた。
結局、英文で出版する時のアマゾンアカウントは、英文用に別に作るのかどうか、よくわからなかったから、質問しなかった。 


令和2年1月15日 水曜日

 

 昨日がかなり過酷だったから、今日は、身体に無理がないように過ごしたら、なんと、全く咳が出なかった
あの咳や痰は、結局、身体が過密スケジュールについて行かれなくて、悲鳴をあげていたのに、それを無視して、計画を遂行してしまったからなのだとわかった。

昨日学んで来たことを復習してみるべく、

ページを次のページに飛ばした

目次のページが飛ぶようにした

著者ページにまだ登録していない本を入れた

思いの外、時間がかかってしまった。

1時間の対面説明とマニュアル提供で、Bコース¥198000なのだから、ちゃんとできるようにならないと。

Cat Bookはもしかしたら、英語でも出せるような気がして来た。
そのためにはやはり、ネイティブチェックが必要だ。今度は英語圏の人を。まあ、そのうち。

禱君の101歳のお母様がお亡くなりになったとのこと。お香典を送った。
間接的にではあるけれど、私が知っている人で101歳という人は、禱君のお母様だけ。
すごい。お庭があって、自然と楽しく暮らしていたのだろう。
思うに、福島県の人がみんな健康を害して病気になったり亡くなったりするのではなくて、禱君のご両親のように、お母様101歳、お父様90何歳という長寿の方もいらっしゃるわけだから、そこの土地に住むことがどうこうではないような気がして来る。福島県だからといじめに遭っているとしたら、これは気の毒だ。 


令和2年1月16日 木曜日

 

『サンバ隊』の本、どう頑張っても、目次に飛ばない。

ページ区切りだけ直して、再販としてそのまま出した。

『パラオ』の本は、ちゃんと目次処理できたのに。

六本木さんのマニュアルは2冊あるようだから、ちゃんと読まないと。
これ、情報商材販売。

戸塚駅にクルマの鍵のスペアを作りに行った 

驚くべきことに、戸塚には、そこのお店一軒しかない。

新宿なら2分に1軒、合鍵屋さんがある。
しかも、オシャレで素敵な色やデザインを選べる。
戸塚は、可愛くない当たり前の鍵しかない。
でも、文句は言うまい。
ともかく、作っておいた方がいい。失くす前に。 


令和2年1月17日 金曜日

 

 夜東京は雪が降るとのことなので、檜原村は、かなり降るのではないかと思い、雪道の斜面を走る自信がなかったので、今日行かないことにした

檜原ではなくて、大船へ行く。

ショートブーツ買った。申し訳ないくらい安かった。
オーダーメイドしようと思っていたのに、既製品買ってしまった。
お店の人すごくいい人だった。
大船はさすがに宿場町だったところ。

商業活動、飲食店がちゃんと栄えている。嬉しい。

保土ヶ谷の宿は、寂れてしまった。
ただし、帰る時にものすごい苦労をして戻って来た。
いや、参ったわ、ふうばが10分とか言っていたけれど、結局、2時間以上かかって、戻って来た。

チキンドリアを作った。結構いい感じだった。

電子書籍を書こうという本、以前いっぱい買ったけど、消化できなくて、読まずに放っておいたけど、何冊か出版した今だと、ちゃんと読めるようになった。
たった1日で出版できる kindle出版がなかなかできないあなたへ』というのだけれど、 5時間で書いたそうだ。そうか、そういうことって、可能なのだ。
私もやってみようかな、『わー面倒い、電子書籍出版奮闘記』というの。

住友不動産から、¥52000のギフト券もらった。ありがとうございます。すごく嬉しい。

当分のおかず、これで買おう。


令和2年1月18日 土曜日

 

わー、朝から冷たい雨が降っている

ということは、檜原村では雪か。行かなくてよかった。

明日キャンセルが出たから行かれることになった。よかった。


令和2年1月19日 日曜日

 

教会の後、急いで大船へ。

渡辺照ちゃんの壮絶な人生の話を聞いて、これまでの明るく元気な照ちゃんは、あれは演技だということがよくわかった。すごい人だ。

素晴らしいお買い物ができた。

最中屋さん、いいお仕事している。

帰る時、また迷ってしまって、なんと、戸塚駅東口に出てしまった。どうしてそういう風になったのやら。何しろ、あの橋が見つからなかった。あんなに大きな橋なのに。

最中屋さんで買った練り切り、ふうば、喜んでいた。

夕食後3時間寝て、起きて、朝の5時まで仕事をして寝た。


令和2年1月20日 月曜日

 

電話サポートを受けて、数時間かかり、やっとアップルのおもちゃが使えるようになった。感謝。これがあれば、百万力。以前、田村さんにいただいたのには感謝している。あれのお陰でいろんなことできた。あ、フィルム貼らないといけない。落とした時のために。

靴の修理って、モディの地下しかないのだろうか。

新宿なら3分に1軒くらい靴を直すお店がある。

これはどういうことなのだろう。

ともかく、モディの地下のお魚屋さんは大好きだから、そこが発見できただけでも先日鍵を作ってよかった。

『珍道中海外公演奮闘記』のフランスの巻が終わった。こちとら日本ペンクラブの会員だから、あんまり変なインスタント電子書籍って出せないのよ。プライドがあるからね。いやあ、びっくりした。わずか47ページで出版してる人って、すごすぎ。でも、そういう世界なのだとわかった。私はいい原稿があるのに、これまで数年寝かしておいて、真面目すぎ。

早い夕食の後、また2時間くらい寝て、夜中に起きて仕事。3時半に寝る。

頭が疲れていると書けないから、これが一番いいやり方。昼間寝られるともっといいかも。


令和2年1月21日 火曜日

 

 

夜中の3時半に寝たというのに、朝の8時半に八百屋さんに起こされる。

でも、嬉しい。朝、畑で収穫したものを軽トラックで持って来て、下さった。

昔、千葉のおばさんが来るのを子ども心に楽しみにしていたのと同じ。

背中に背負って運ぶのと違って、数段多い量を運べる。
私はこういう方達から買うべきだと思う。

間の流通を通さずに、作った農家の方々から直接というのが一番良いやり方だと思う。

あ、任意保険のこと聞かないと。でも、書類が四ツ谷に送られているはず。アラブ首長国連邦の大使館に電話して、政府観光局にも連絡しないと。観光局ではないけれど、大使館の人に聞いたら、何も問題なかった。

今日はともかく珍道中の執筆に1日費やして、他のことはまた今度。

新納さん、ついにグレタコインのサイトを作った。

令和2年1月21日 火曜日

 

 

夜中の3時半に寝たというのに、朝の同じ。

背中に背負って運ぶのと違って、数段多い量を運べる。
私はこういう方達から買うべきだと思う。

間の流通を通さずに、作った農家の方々から直接というのが一番良いやり方だと思う。

あ、任意保険のこと聞かないと。でも、書類が四ツ谷に送られているはず。アラブ首長国連邦の大使館に電話して、政府観光局にた。

今日はともかく珍道中の執筆に1日費やして、他のことはまた今度。

新納さん、ついにグレタコインのサイトを作った。


令和2年1月22日 火曜日

 

昼に出て、原付バイクで四ツ谷へ。

明日はいよいよ出発。

 

夜中の3時半に寝たというのに、朝の同じ。

背中に背負って運ぶのと違って、数段多い量を運べる。
私はこういう方達から買うべきだと思う。

間の流通を通さずに、作った農家の方々から直接というのが一番良いやり方だと思う。

あ、任意保険のこと聞かないと。でも、書類が四ツ谷に送られているはず。アラブ首長国連邦の大使館に電話して、政府観光局にた。

今日はともかく珍道中の執筆に1日費やして、他のことはまた今度。

新納さん、ついにグレタコインのサイトを作った。


令和2年1月23日 火曜日

 

東京大学病院へまさよさんのお見舞い。

東京駅からバスで成田へ。

エミレーツは4時間前からチェックインできる。

すごい。

 

客室乗務員がみんなきれい。

ギリシア、ルーマニア、アイルランド。

 


令和2年1月24日 火曜日

 

ドバイに到着してその日の午後、首都アブダビ半一ツアーへいく。

そのあと、世界で一番大きなショート銘打った、『真珠』

すごい過密スケジュール。

その夜、胃が痛くて眠れなくて、吐いてしまった。

多分、自分の頭より大きな容器に入ったポップコーンのせいだと思う。

身体は、自分の内臓器官に害だと思うものを排除する仕組みを持っているので、変なものが入ってくると、すぐに排除するのだろう。 


令和2年1月25日 火曜日

 

 午前中、休んで、午後、砂漠ツアー。

バギーバイクで失敗し、ラクダに乗り、オレンジジュースを飲んで、ファイアーダンスを見る。ベリーダンスは大したことない。

可愛い子供達がいた。ナイジェリアから一家6名(子供4名)でドバイに観光旅行に来るって、大統領の息子一家なのだろうか。

スタッフはみんなパキだ。ホテルの旅行代理店の窓口の人は、インド人イスラム教徒。スブハジットさんを知ってるんだって。笑える。


令和2年1月26日 火曜日

 

ドバイ市内ツアー。60年代に石油が見つかるまでのこの地の貧しかったこと。

博物館へ行ってよかった。いろんな情報ゲットできた。

ラクダの赤ちゃん見られたのも、すごく嬉しかった。

船で旧市街へ行き、スークを見て、香料市場に寄る。
いっぱい買って帰りたかった。

前回から、海外旅行は小さなバッグで行こうと決めたから、本当にお土産買ってない。

うー、辛いところ。

毎月海外へ行くためには、いちいち20キロスーツケースにお土産いっぱい買ってしまうと、続かなくなる。どうせ、ろくなもの買わないのだし。現地、ラオスで買った布地で作ったワンピなんて、一度も着ないし、鹿の飾りも早々に壊れて、ちょっとアレな状態だし。

で、木工細工はやはり、縄文または、アフリカのDNAがないといいもの作れないなと感じた。ユーラシアのものはつまらないわ。

で、夜、すでに空港へ出発。来る時は50で、帰りは35。 

この国ちょっとという感じだけど、多くを学べた。日本がやらなければいけない政策をたくさんやってる。

嫌いだけど、あっぱれな国。


令和2年1月27日 火曜日

 

エミレーツ航空は、飛行中にトイレの扉に使用禁止のテープを貼って、数時間使わせないとネットに書かれているのを読んだけど、ああ、こういうことかとわかった。

何度席を立ってそこまで行っても、テープが貼ってある。

こんなの初めて。いくら客室乗務員が美男美女揃いでも、トイレ使わせてくれるデルタの方が数段いい。 

成田に到着。

 四ツ谷へ帰り、その日はゆっくりする。ミツコさん、お疲れ様でした。 


令和2年1月28日 火曜日

 

 facebookにアラブ首長国連邦の写真をアップしたり、コメントを書いているうちに、そうだ、旅行記を出してもいいなという感じがして来る。
facebookに投稿するだけではつまらないから、それを電子書籍という形にして出版するのはどうだろう。

 

 


令和2年1月29日 火曜日

 

 

 

 


令和2年1月30日 火曜日

 

 

 

 


令和2年1月31日 火曜日

 

 

 

 


令和2年2月1日 火曜日

 

 

 

 


令和2年2月2日 火曜日

 

朝、戸塚で礼拝。

お昼食べてから四ツ谷へ。

王子の北とぴあで、黄昏の芝居。

 お芝居、つまらない。お芝居でできることって限られているから、この作品はやはり映画でないと。

この劇団の演出がなんでつまらなかったのかというと、場面転換がなくて、転換しても、また見飽きた同じ舞台装置がそこにあって、なんか、場面に変化がない。

気の利いた演出家なら、回舞台にして、ヨーロッパでの結婚式場面や、湖での釣り場面なんかを作るだろうに、この劇団は、その全部をセリフの中だけで処理していて、観客には、自分の想像力で感じて下さい見たいな丸投げをしているから、おいおい、手抜きするんじゃないよと言いたくなった。

もう、この演劇鑑賞会はやめる。

つまらないお芝居観せられたらたまらないし、観劇手帳とかが煩わしい。

ネットでできることを紙媒体や郵便料金かけてやっている昭和組だから、いずれ、消滅する。


令和2年2月3日 火曜日

 

ピーマンさんと角のラーメン屋さんで待ち合わせをして、多肉植物をいただいた。嬉しい!

結局、昨日今日と二日間、四ツ谷にいたけれど、一度も暖房を使わなかった。

太陽の光と熱だけで、十分に暖かい。それをちゃんと部屋の中に貯め込んで、夜ゆっくり使うというライフスタイル、最高。

このような隠れ家があることを大変嬉しく思う。

戸塚へ向かう。


令和2年2月4日 火曜日

 

朝、農家の人が、お野菜と、梅のお花を売りに来てくれた。

素晴らしい。自分の敷地内に梅のお花が咲いているなんて。

牛込警察の交通課、山本さんから連絡があった。一昨年の事故の件。加害者の人の件、これ事故扱いになったとのこと。最初は事故扱いになっていなかったそうだ。私は当時、肋骨日本を折る怪我をして、ダンスどころではなく安静を余儀なくされたから、本当に、毎日が大変だった。海外助っ人や、猫たちがいてくれたから、乗り切れた。

三雲先生との次の打ち合わせの日にちを予約する。

ニュージーランドのオークランドからトロレア往復の航空券を予約して、HISにお支払いに行ったら、なんと、北京経由の航空機に日本人は乗れないので、この旅行なくなってしまった。

不幸中の幸い。こんな時期に海外なんか行かない方がいい。

代わりにと言ってはなんだけど、屋久島へ行こうかな。リュックサック買わないと。そういうもの持ってないし。
インカ帝国へ行く時も役に立ちそう。


令和2年2月5日 水曜日

 

 ダイレクト保険の住所変更しないと。

それにしても、ここ数日ずっと捜しているのにハンコの袋が出て来ない。
最後に使ったのは、車の会社に対して、1月14日の昼。
それ以降、どうしたのだろう。
記憶にございません。

写真のテス飯島に連絡をした。矢野倉さん(F)がお調べして下さるとのこと。なにぶん1982年の公演写真なので、まだ保管してあるかどうか。
写真屋さんって大変だと思う。紙保存したら場所が足りないから、多分、全部電子保存なのではないかと思うけれど、わからない。神様、お願いいたします。
あの公演の写真が手に入りますように。

顔が痛い。エリザベスアーデンが合わなくなっている。


令和2年2月6日 水曜日

 

 

 硫黄島3島ツアーに行こう。だから、小笠原へ今月末に行くのはやめよう。硫黄島の時に一緒に観光すればいいのだから。1週間後の船に乗ることが可能とのことだから。

夕方、新納さんから連絡があって、パラオへ今月23日から行くので、大統領との面談の通訳をするように言われる。

その時期、ニュージーランド行きはダメになったし、小笠原は延期になったのも、神様が私をパラオへ行かせようとしてなさったことなのだろう。
海流発電の内容をきちんと説明できるように勉強しないと。 


令和2年2月7日 水曜日

 

 印鑑屋さんについに行った。

なんだ、すごく近かった。ベンリーの斜め前。

もう、捜しても出てこなかったら、作らないと。印鑑証明の印鑑変更なんかもしないといけないし。

久美ちゃん来て、4名で夕食を食べるという生まれて初めての顔合わせで夕食をいただいた。牡蠣が美味しかった。

頭をスッキリさせて執筆したいから、多分12時前に寝た。


令和2年2月8日 水曜日

 

 夜中の1時半に起きて執筆をする。

お腹が空いたので、東京都産キウイ2個に四ツ谷産のはちみつを食べた。これって究極の東京人の食生活。

『あー大変、電子出版』は、今日中に出版できるかも。明日は東京へ行くから、今日仕上げてしまわないと。今月はもう1冊出す予定。 


令和2年2月9日 日曜日

 

礼拝の後、初めて自分の車で東京へ出発。

なんか景色が違って見える。

鍵がなくて入れなかったから、鍵110に来てもらう。

覗き窓から長いものを入れて、鍵を開けたなんて驚き。

お父さんが神奈川県警のおまわりさんだとのこと。おじさんは福岡県警。

そういう家族の人でないと、鍵開ける仕事は、できないと思う。

だって、悪い人がその仕事だったら、もう、やり放題。

鍵を忘れたおかげでいろんなこと勉強したと思えばいい。2万5千円のレッスン料。

四谷三丁目に駐車したけれど、翌朝どういう金額になっているかショックを受けるなど想像していなかった。2-3千円だと思っていたのは甘い。

なぜか、家の鍵、タブレットの充電コード、用意した食料品を忘れて出発してしまったみたい。

ここの家は本当に暖かい。ベランダに棕櫚竹を置いて、植物がやっと10個になった。次は何を持ってこようか楽しみ。


令和2年2月10日 月曜日

 

朝起きてクリーニング屋さん。眼鏡屋さんからメガネを受け取る。

合鍵を作った。

三雲先生の事務所へ行き、どんどん話が進んでいるのを感じて嬉しく思う。

檜原村に泊まる。

すごい景色。 

寒くて洋服を着たまま寝た。

 

 

 

令和2年2月11日 火曜日

 

 ともかく寒い。寒すぎて、朝風呂入れない。昨年、秋に来た時には、朝風呂入ったけれど、そういうこと、この寒さではもうできない。

朝クルマを走らせたら、道の脇に雪が積もっていた。手打ちそばを食べた。

お土産を買う。次回来たら、もっと買いたいものがある。

舞茸、買ってよかった。

お墓まいりに行った。 

 今回のお礼をした。町田街道から246を右折して、なぜか、途中で401という細い道が現れて、瀬谷、戸塚方面と書いてあり、それがなんと18号線にぶつかり、無事、原宿から戸塚へ向かえた。しかし、これを使うと、一番避けたい246の高架道路を走らないといけない。短い区間なのだけれど、あれが本当に恐怖だった。だから、次回はそこをクリアしないとならない。

 食べ物をたくさん買って行ったからふうば喜んだ。


令和2年2月12日 水曜日

 

 聖書研究会。 

檜原村のお店で買ったお豆腐クッキーをお土産に。
ここの聖書研究会は、雑談が多くて、アカデミックな話をする時間が足りない。いつ始まるのか始まるのかと思っているうちに、なんか時間が来てしまう。でも、教会へ来てる人たちって、私が読んでいるようなキリスト教関係や、世界の裏の歴史の本、読まないかもしれないし。飛鳥昭雄の本を15年くらい前に夢中になって読んだところから始まった私の歴史に対する興味。飛鳥昭雄が言っていたことがどんどん覆されて行っている。面白い。


令和2年2月13日 木曜日

 

朝4時半に起きて、頭がはっきりしている時に、出版情報記入作業開始。

ついに出した、『あー大変、電子出版』。

やりました、遂にやりました。

六本木さんに短縮アドレスが作れるサイトを教えていただいた。 

午後、夕食前まで2時間くらいお昼寝。出版するって、踊りを一曲踊り終わったときくらいのエネルギーを消耗してしまう。

印鑑が出来上がった。土を買ったから、植え替えをそのうちやろう。
その前に、檜原村への連絡と、九州へ見積書を送らないといけない。

菊池さんへは今日やっと連絡した。遅かった、3ヶ月も。 


令和2年2月14日 金曜日

 

なんか気持ちが乗ってるから、お昼も食べずに、海外公演珍道中第2巻を添削している。

もしかしたら、今夜中に出版できるかもしれない。

昨日買って来たふわふわの培養土で棕櫚竹の植え替えをしたけれど、この時期どうなのだろう。多肉植物しかり。様子を見よう。上手くいきそうなら、キリンソウの根分けと植え替えもしたい。 でも、どこの世界に2月にそんなことをする人がいるだろうか。やはり3月まで待たないといけないかも。

銀座のクラブに請求書を送るのを忘れないように。マダム川田のマンションに電話。

マダムは、もっと築地に近いところへ越されたようだ。

さあて、どうやって行き先を調べたらいいのか。早くにマダムのところへフランス人を連れてお伺いしておけばよかったのに、私がノロノロしていたばかりに。ああ、どうしよう。


令和2年2月15日 土曜日

 

初めてcanvaの表紙を使ってみた。全部をこんな感じで作り直してみようと思う。

だって、今のままでは、写真にそのまま字を貼り付けているだけの原始的なものだから。

結局、『海外公演珍道中』第二巻をそのまま3カ国で出してしまった。

ところで数日前から、携帯電話が壊れているみたい。かけられるけれど、受信できない。自然にお話中になっていて、誰も私にかけられない。だから鍵屋のお兄さんからの電話が受け取れなかった。
最後にかけて来たのって、誰だろう。

 0570-039-151 にかけたけど、埒あかないから、トツカーナのビルにあるワイモバイル取扱店のソフトバンクに行こう。

お庭はすごくいい感じになって来た。春が来ている。

もう少ししたら、直植えになっているカランコエを半分くらい鉢に移そう。
ろくに水をもらっていない乾燥した庭だから、カランコエが直植えなのだろう。市ヶ谷の庭くらいお水をもらっていた庭だったら、とっくの昔に根腐れして消えていただろう。思うに、エケベリアが消えたのは、その理由だと思う。多肉植物は他の植物と一緒の場所だと生きられない。水気が多すぎる。

遅い昼食後、2時間半くらい横になって、夕食後仕事を開始。本当は、そんな早い時間の夕食なんかいらなかったのだけれど、1回くらいはふうばと一緒に食べないと申しわけない。


令和2年2月16日 日曜日

 

教会の後、東口へ行って、生牡蠣や焼き魚用の魚を買った。美味しいパンも。

canvaを使って、以前出した『海外公演珍道中1』の表紙を変更。元の写真のサイズが小さくてもこれだと使う面積が小さいからできるかなと、テスト。試行錯誤しながら良くしていく。ダメ出ししながら踊りを良くしていくのと同じ。朝、教会。おかず買って帰って、また集中。

パソコンのicloudがいっぱいになっているようなので、どうにかしないといけない。

やっと『101匹のお犬様』まで全部の電子書籍をcanvaで作った。

あとは、中身のスタイルを直したいけれど、それはあとでいい。ともかく中身をどんどん出版しよう。


令和2年2月17日 月曜日

 

朝の11時半にワイモバイルに行かないと。で、結局、携帯は直った。良かった。一時は、アイフォンを買わないといけないのかなと心配した。ワイモバイルはその半額。

”Luigi on Stage in Tokyo"と取り組んでいるけれど、写真集は難しい。写真が同じ場所にいない。

あ、そうか、もしかして、写真の下に文を入れて、改ページしたらいけるかも。

やってみよう。試行錯誤で進んで行く。

表紙がちゃんとすると、ぱっと見、本物の本みたいでいい感じ。

お風呂はいる時間も惜しんで、電子書籍と取り組む。

伊藤農園から、おみかん届いた。ここが売ってるのって多い:ポンカン、きよみ、はるみ、八朔、不知火デコポン、レモン、甘夏、セミノール、せとか、伊予柑、三宝柑、なつみ、ネーブル、木なり八朔、からマンダリン、バレンシア、河内晩柑、福原オレンジ、ニューサマーオレンジ日向夏、麗紅、津之香。

こういう国産みかん買うことで、米国とイスラエル、南アフリカ産グレープフルーツ買う人が誰もいなくなったら面白い。

 


令和2年2月18日 火曜日

 

朝の4時に疲労困憊して、服のまま寝てしまったけど、9時に、八百屋さんが来たので起きる。たくさんお野菜、買ってもらった。嬉しい。

お昼ちゃんと食べないで、干し柿と、生ジュースとヨーグルトくらいにしておくと1日2食半という感じで、ちょうどいい。私は3食入らない。眠くなってしまうから。

イヌおちゃんがたくさんお水を掛け布団の上に吐いた。

かわいそうに。でも、どうして、掛け布団の上なの。しかも私の目の前で。

カバーしてたけど、中まで染みてる。うっ。

comic creatorのパスワードがわからなくて、それを使えないから、仕方なく、なんどもepubで読み出したものをチェックしながら、また原稿に手を入れるという無駄な時間を使って直している。写真の場所が一定しない。これを解決する方法が絶対にあるはず。

あ、しまった、写真のずれがないかプレビューする前に出版クリックを押してしまった。

あーあ、もう、知らない。このバージョンでとりあえず、出版されてしまう。どうしよう。


令和2年2月19日 水曜日

 

教会の聖書研究会。

帰りに猫の缶詰買わないと。最近本当に外へ出ない。


令和2年2月20日 木曜日

 

教会の聖書研究会。

帰りに猫の缶詰買わないと。最近本当に外へ出ない。

結局、教会の前に買っておいてよかった。というのは、教会が9時過ぎまでやっていたから。

イヌおちゃんは、3袋入りの、あまり見かけないパックの餌が好きみたい。この子は、好みがうるさいから、大変。安いものが嫌い。いいものしか食べたくない子だから、ちょっと困る。ムガベちゃんは何でも食べる。やっぱね。
写真集を出すのは大変。絶対にやってみたい。

サンバ隊の写真集いいと思う。


令和2年2月21日 金曜日

 

朝角のモールへ行ったら、美容院があった。信じられない。
で、12時頃の予約申し込みをして、その間にその横にある歯医者へ行って12時半の予約。

それまでに、猫さんのご飯を8千円分買って、急いで玄関に入れる。

戻って来て駅前の歯医者さんの予約をキャンセル。こんなに近くに歯医者さんがあるなら、遠くにバイクに乗って行く必要がない。

歯医者さんで診てもらったら、虫歯はないとのこと。歯垢を取ってもらう。やはり、重曹で磨いていたのがよかったのかも。

美容院で染めたら、何と2600円。普段の価格と1万円違った。どうして。その代わり、花1本飾ってなくて、お茶やコーヒーが出てくるわけではない。コートも着せてくれなくて、自分でロッカーにしまうし、カードも使えない。いやあ、びっくりした。


令和2年2月22日 土曜日

 

いよいよ出発。

原付で赤い袋とアニマル柄スーツケースを運ぶ。feilerで大きめのトートバッグを買ったから、もう緑のバッグを持って行かなくてもよくなる。緑のバッグは一目惚れして買ってしまったけれど、結局、中身がたくさん入らないし、それ自体にチェーンがついているから重いし、役に立たない。軽いに越したことはない。

ビックカメラで、携帯ケース買って、フィルム貼り替えないと。あと、スピーカー壊れているかどうか、見てもらったほうがいい。


令和2年2月23日 日曜日

 

朝、すごく早く起きて、荷物を倉庫へ運んでから、久しぶりにルーテル市ヶ谷教会。

その後、原付バイクを置いて、スーツケースを持って、東京駅へ。

結局2時半になってしまった。

新納さんと待ち合わせをしてバスで成田へ。

船長さん、殺陣の師匠、パラオ愛好家、投資家がいた。みんな昨年11月のパラオ行きのビデオに登場した人たち。

時間が長いから、食べ物をたくさん買っておいてよかった。

 

令和2年2月24日 月曜日

 

朝まだ暗いうちにパラオに到着

朝ごはんの後、車でいろいろなところを巡る。

発電できそうな海流を見たり、橋を渡って隣の島へ行ったり。

夜は、中華屋さん。

パラオ在住の菅原さんは、好感度抜群。

 


令和2年2月25日 火曜日

 

大統領府。

終わって、小さな村のクールな料理屋。

こんな小さな村によくこのようなレベルの店があるとびっくり。

踊りの練習をしている場所へ連れて行っていただく。

いい感じの民俗舞踊を50名くらいで踊っていた。

部族のクイーンの娘がやっていて、全部の島から集まってリハーサルをしていた。

菅原さんのお店でお土産を買って、上の日本料理屋で夕食。

マングローブ貝初めて食べたけれど、おいしかった。 


令和2年2月26日 水曜日

 

朝ごはんの後、総括があり、菅原さんがきちんとまとめて来て感動した。

このように事柄をきちんと箇条書きの文章化して時系列でまとめる人がいないのを、多分、前回の訪問で知っていたからご自分でやったのだろう。

 法人のお金の管理ちゃんとやる人がいないと、どんぶり勘定で、公私混同になってしまうのが気になる。

博物館へ行き、乏しい展示を見た。お土産はかなりいいものを揃えていたけれど、菅原さんのところでたくさん買ったから、もう運べない。ドレス1着多かった。次回はもっと荷物を減らそう。

島で一番の5つ星ホテルで昼ご飯を食べ、南洋神社を探した。

海へ入って、荷造りして、夕食、少し寝て、真夜中の1時半に出発。

令和2年2月27日 木曜日

 

3人の子供を連れた英語ができないシングルマザーが、夜中に運転をして空港へ連れて行ってくれた。強い。母子家庭へのなんの援助もなくて、どうにか子育てをしている。
この美しい海を見たら、日本へ帰りたくない気持ちになるのは、わかる気がする。

パラオはまだ未開発な分、多くの可能性を秘めているし、小回りがきくからなんでもできるすごい場所だ。

新納さんに感謝する。武漢肺炎事件が起きたから、ニュージーランド行きがキャンセルになり、全額払い戻しになった。新納さんがお声をかけてくれたから、違う世界が見られた。船長さんという素晴らしい方の生き様を傍で見ていて、すごく感動した。

成田から四谷三丁目へ行き、大久保で荷物を取り、原付で戸塚へ。寒いことったら。

クレジットカード類を入れたバッグを黒いボストンに入れたまま倉庫に置いて来てしまった。おやおや。

もう当分行かないのだけど。

 

令和2年2月28日 金曜日

 

夜中の1時近くに帰って来た。

ともかく熱いお風呂で温める。

猫たちはみんな可愛くお出迎えしてくれた。

寝たと思ったらもう朝で、ゴミを出して、朝ごはん。

駅に出て食料を仕入れる。あのお魚屋さんは素晴らしい。本物のお店。

昼寝をしないと身体が持たない。

花粉にならないように。健康維持だけを考えて当分暮らしていよう。

寝るのがまた3時になってしまった。ビットコインすごく落ちてる。

 


令和2年2月29日 土曜日

 

外は庭へ出るだけで、どこへも行かなかった。

 昼にエビのマカロニグラタンを作った。美味しい。エビを最後に入れたから、プリプリ状態を保ち、硬くならなかった。前回は早く入れすぎたから失敗だった。しいたけはそんなに細かく切らない方がいい。

昼ごはんと夕食の間、昼寝をしてしまった。

今は、身体が欲したら、身体が必要とするだけ睡眠をとるようにしたい。

以前は、睡眠時間が少なすぎたのに、無理していろいろやっていたから、鼻が出たりしたのだろう。

私の場合は、具合が悪くなるとすぐに鼻水が出るから気をつけないと。

今のご時世で、咳や鼻水なんか出していたら、風邪とか花粉というより、もっと怪しいと思われるから健康維持が一番。

『Luigi on Stage in Tokyo 2』の写真選びを始めた。写真を40枚にしよう。

令和2年3月1日 日曜日

 

戸塚ルーテル教会は、礼拝があるのだろうか。

文京区のマリア・カテドラルはウェブを使ったライブ礼拝をやるみたいだけど。

で、結局、礼拝はあった。だけど今週の聖書研究会はないとのこと。

帰りに東口のお魚屋さんへ行った。帆立貝のお味噌汁、美味しそう。

ふうばが、イワシの煮たのを作ってくれた。さすが元主婦。
私は塩焼きはしょっちゅうやるけれど、煮魚は作れない。
みりんの加減とかが難しそうなので。
昼寝しないで一気にやってしまったから、『ルオ時オンステージ2』の写真選びだけはできた。
結局、3までやらないと、終わらないかもしれない。
今日は暖かいから、湯たんぽしないで寝る。忙しくて、結局、庭へ出るきっかけがなかった。

明日は絶対に猫さんのカリカリ買う。缶詰やパウチしかなくなっている。

令和2年3月2日 月曜日

 

令和2年3月3日 月曜日

 

令和2年3月4日 月曜日

 


令和2年3月5日 月曜日

 

『Luigi on Stage in  Tokyo 』vol.2の能書きを書き始めたら、結構面白い。

vol.1は単なる写真集だったけれど、2の方は、資料としても使えるようにしておこう。

というか実際には、資料を紹介するための資料なのだけれど。

バイクの鍵、2つ作っておいた。3つ作ろうとしたら、2個しかないとのこと。

2個でもいい。

だって、すぐになくなるから。
どうしてなくなるのか理解できない。

東急ハンズへ行ったら、あと2個くらいは作っておこう。それより、免許証の心配して。

信じられないことに、パラオから成田に戻り、四ツ谷でバイクを取り、そのまま帰って来てしまった。

免許証などカード類が入っているアニマル柄のバッグは、黒いボストンバッグの中で、しかもそれは、衣装倉庫にある。倉庫の鍵も2個くらい作っておこう。私は鈍臭いデザインが嫌いだから、鍵はやっぱり東急ハンズで作らないと。


令和2年3月6日 金曜日

 

みかんが4キロ箱で届いた。

バンザーイ。

サンバの衣装4組とスーツケースを銀座に送る。このご時世でサンバショーをやるクラブが銀座にあるとは、本当に嬉しいこと。

昨日は郵便局へ行ったけれど、11分過ぎていたから、やってもらえなかった。田舎の郵便局は5時に閉まるから気をつけないと。新宿だと6時までやってる。

能書きをいろいろ書いている最中なので、『Luigi on Stage in  Tokyo 』vol.2の出版にちょっと手間取っている。

寸時も惜しんでvol.2に取り組んでいる。

キューリー夫人がラジウム研究をしていた時もそうだったのだろう。


令和2年3月7日 土曜日

 

朝の4時半までやってやっと電子出版した!

『Luigi on Stage in  Tokyo 』vol.2が陽の目を見る。

ただし、vol.3はこのやり方ではだめだ。画像が小さくなりすぎる。

そこで、河童本舗さんがやっているように、電子書籍は文字だけにして、画像はリンクで飛ばして別のウェブサイトへという手段を使って、読み手のデータ負担を減らそう。

ゆかさんが読めたのは、米国が随分前から5Gだからだとのことで、まだ3Gを使っている日本でデータ容量の多い写真集が読めるようになるには、まだ先のことだと思う。

ともかく、今日は注意しながら、四ツ谷へ行き、新宿西口の携帯屋へ行って、SIMフリーのをラジオがわりに1台買ってこよう。四ツ谷に宿泊。シェルダンの小説も到着してるだろうし。あれ買う時、間違えて、送付先を四ツ谷の住所にしてしまった。

マフラーして行くけど、さあ、無事に辿り着けるか。免許不携帯でちゃんとたどり着けた。

あー、怖かった。

やっぱり免許やその他のカード一式、バッグの中に入っていて、それが黒ボストンの中にあり、さらに大久保の衣装倉庫にあった。

ご苦労さん。


令和2年3月8日 日曜日

 

電気をつけ歯しで夜中の2時まで寝てしまった

コンビニから太鼓3個を送付して、ルーテル市ヶ谷教会へ行き、礼拝の後、例の四谷三丁目の店で同じものを食べ、その後、ビックロの地下へ。

ちゃんとフィルム貼られていた。ピンクのケース可愛い。

このiphone小型のラジオがわりに庭で使おう。

何か疲れが出て2時間お昼寝してから、4時半にバタバタと支度をして、小雨の中1号線を走った。『海流船長世界を救う』には、猫たちを船に乗せて、猫と船長の会話で展開して行くほうがいいかも。


令和2年3月9日 月曜日

 

『海流船長世界を救う』ではなくて、『海流船長とプロ市民猫軍団』にした方がいいかも。灌漑の仕方を考えながら寝ていたから、朝ともかく眠くて、必死で1日過ごした。

ビットコインがひどく落ちている。日本円を見るとため息が出るから、ビットコインの枚数だけを見ていようと思う。枚数さえあれば、上がった時に楽勝だから。

でも、対米ドルに対して日本円が強い今日、どうして、ビットコインに対して日本円が弱いのだろう。
その心がわからない。

令和2年3月10日 火曜日

 

昨日はゴミ出し、今日は農家の野菜売りの方。

朝早く起きたので、頭が朦朧としている。

その代わり全種類の野菜を買ったから、今週一週間、お料理色々やらないと。

『海流船長世界を救う』ではなくて、『海流船長とプロ市民猫軍団』にしたけれど、やっぱり『海流船長とプロ市民猫の仲間たち』がいいかしらと思う。

あ、やっぱり、『海流船長とプロ市猫の仲間たち』がいい。

だって、民と言ったら人間だから。

菅原さんからご連絡が来た。マングローブ土地作りを喜んで下さった。

俄然やる気が湧いて来た。

今日はともかく、1日執筆。お昼食べるのを忘れてしまった。

それで早いお夕飯を4時半に食べて、そのあと2時間寝たので、頭がスッキリ。

私の頭がスッキリしている時は1日のうちでも多くない。この時間を大切にしないと。

『新宿区長になった猫』上巻の間違い字を直して再度アップロード。
こうしてプチ更新していけばいい。

『海流船長とプロ市猫の仲間たち』は、登場猫物紹介から始まることにする。

 

令和2年3月11日 水曜日

 

お昼ご飯のおかずが、生牡蠣。

ところがこれを食べ終わって1時間くらいする頃から、胃痛が始まった。

3日前のご飯のおかずも、生牡蠣で、すごく美味しかったから、また同じお店で買ってきたのに、今回は、寝ていることもできない痛さ。

身体をまっすぐにできなくて、海老のような姿勢で胃を丸くしていないと耐えられない。数時間後、結局、全部吐いてしまった。それから眠ること永遠の時間が流れた。

1令和2年3月12日 木曜日

 

結局、20時間飲まず食わずで寝てしまったようだ。

スッキリした。

朝風呂に入り、昆布の佃煮でおかゆを食べる。

江戸川猫里親センターの鈴木よし子さんと久しぶりにお話をした。

88歳なのに自転車に乗っているという。お元気。江戸川区は猫のための予算を出してくれない。春になると、段ボール箱に入れた子猫を江戸川の川べりに置いて行く人がいるという。
千葉県の農家の軒先きで生まれた猫はそうしてダンボールで江戸川の川べりに運び込まれるそうだ。

潮が満ちてくると、川の水位が上がって、赤ちゃん猫たちは流れていって、溺れて死んでしまう。猫好きの鈴木よし子さんは生涯を猫の幸せのために捧げているので、そのような悲劇を許せない。江戸川区に行っても拉致があかないから読売新聞に書いてもらい、東京都に頼んで3100万円を出してもらい、1500匹の猫の去勢手術をしたとのこと。テレビの番組でも取り上げられた。猫が好きで、もう、すごく好きで、なりふり構わず猫のお世話をしたいという気持ちが実を結んだ。

娘さんは獣医さん。ムガベちゃんが、3ヶ月前からやっとお砂でおしっこができるようになったと報告したら、喜んでくれた。


1令和2年3月13日 金曜日

 

ここのところ毎日『海流船長とプロ市猫の仲間たち』を書き溜めている


1令和2年3月14日 土曜日

 

ここ数日サポートと連絡を取り合っているのは、新しいホームページのmarika.click

どうしても繋がらない。どうにかしてそのホームページを作って、写真をたくさん載せよう。

これまでのホームページに手を入れるのは大変なので、新しく自分の名前のドメインで作った方が楽。


1令和2年3月15日 日曜日

 

朝は教会。ちょっと遅れてしまった。マスク忘れたから、スカーフを顔に巻いた。

教会の帰り、倉庫の鍵を作って、イヨンちゃんに送った。

すごいことを考えてしまった。低海抜国際会議なんていうのがあったのだ、知らなかった。猫の土地作りのやり方を使えば、どこの国にも、土地や丘を作ることができる。

 表紙ができた。あと中身。

あまりにも疲れて寝てしまったため、湯たんぽの用意もできず寒くて大変だった。


1令和2年3月16日 月曜日

 

バンザーイ!

marika.clickのHPがついに作り始められる!

このサイトは、本について書こう。

明日の新宿1丁目の本番の人たち、衣装を取りにいらした。ご苦労様でした。

レンタルしていただいてありがとうございます。こういう時のご注文はすごく嬉しい。

北海道のこと進めるために企画書出す。パラオのプレディクトさんから連絡が来た。

船長さんは、無事に台湾に到着した。近所のお店、田舎スタンダードすぎて耐えられない。ちゃんとした本当のチーズがない。納豆チーズや梅干しチーズ置かなくていいから、まともなものを置けと言いたい。ヨーグルトもおしゃれなブランドのもの何もない。やはり、クイーンズシェフや新宿丸正のレベルはちゃんとしている。都会はいいなあ。


1令和2年3月17日 火曜日

 

どうしてアイヌ人が日本の先住民として認められてしまったのだろう。

オホーツク文化圏のアイヌが北海道に住み始めたのは、ここ800年くらいのことなのに。

結局経済難民。民族移住。

 2万年前から縄文人は北海道に居住していた。

 私はアイヌは日本全国に分布していたと間違って理解していた。ともかく白老アイヌ村にすごい自治領を作ってしまった。早くから北海道チャンネルを見ていたので知っていた。

昨日は本文の執筆が進まなかったから、今日は進めないと。まずいことに、左目が痙攣している。疲労している時にほんのたまに起きる。


1令和2年3月18日 水曜日

 

。。


1令和2年3月19日 木曜日

 

 


1令和2年3月20日 金曜日

 

すでに表紙を作っておいたから、それって気が楽だ。

でも結局、本文をちゃんと用意した時点で表紙をアップロードしないと、「保存」状態のまま止まってしまう。

庭のベゴニアが咲いた。

ふさこさんにふうばのお庭のお花の写真を送った。


1令和2年3月21日 土曜日

 

海流船長とプロ市猫の仲間たち』、真夜中の3時に出版した!

やった!

とりあえずやってしまっただけだから、あとで見ると、細かいお直したくさんやらないと、辻褄が合わなくなる。

発見したのは、本文先頭の題名をいじると、目次の文字も自動的に直される。

これはすごい。だから、目次の小見出しまで変えられるということ。

今回、戸惑ったのは、最初から書いていた原稿と、ダイジェスト版の原稿の両建てになってしまったこと。

やはり、一本化して進めていかないと、こっち書いたり、あっち書いたりで、混乱してしまったり、重複してしまう。反省。

初めてmodi地下にある珈琲屋に入って、ケーキセットを頼んだ。なんでこの街、スタバがないんだろう。

マクドナルドはあっても、スタバがないんだろう。答えはもう、スーパーにチーズ売り場がないのと同じ。

街を歩いても、おしゃれな人は1人もいない。


1令和2年3月22日 日曜日

 

自分の著作の一覧表を作ったからこれは便利。

しかも更新履歴もあるから、作業の進み具合が一目でわかる。

踊りもこういうもの作っておけばよかったなとしみじみ思う。
母はアナログながら、私のお絵かき、作文、踊りの受賞記録を残しておいてくれた。

ありがたい。

そのままにしないで一覧表にしないと。あー、めんどい。

版画を作る会の一番弟子の飯田琳也さんの作品をスキャンしに行こう。

そうか、車にスキャナーを乗せて、温泉旅館に持って帰ってやればいいのだ。

いつやるの、そのうち。


1令和2年3月23日 月曜日 

 

『猫の年代記』の表紙を変えたのは1日前。こうやって、とりあえずやってしまった表紙を変えるのはいいと思う。何しろ、美しくないとダメなのだから。最近、ゆみちゃんが来ていて、私はふうばのご飯のお買い物や料理をしていないので、執筆に時間が多い。昨日の『海流船長とプロ市猫の仲間たち』に続き、本日は『海外公演珍道中』3を出した。その代わり、疲れすぎて、昨夜はお風呂にも入らずそのまま寝てしまった。

午後少しお昼寝をしてまたパソコンに向かう。

『海流船長とプロ市猫の仲間たち』はあまりに急いで出したため、加筆が必要なところが多く、誤字脱字もあり、冷や汗ものでプチ修正すること日に数度。電子出版だから、こういうことが許される。ありがたいこと。

ルイジの残りの写真を全部アップしてしまおうと思って、新しいHPを作ったから、ここにやらないと。作業。

 同時進行でどんどん進めて行く。ご飯の時間を自分で自由に決められるのは、ありがたい。

私は1日3回食べる必要はない。3時のおやつもいらないし。


1令和2年3月23日 月曜日 

 

『猫の年代記』の表紙を変えたのは1日前。こうやって、とりあえずやってしまった表紙を変えるのはいいと思う。何しろ、美しくないとダメなのだから。最近、ゆみちゃんが来ていて、私はふうばのご飯のお買い物や料理をしていないので、執筆に時間が多い。昨日の『海流船長とプロ市猫の仲間たち』に続き、本日は『海外公演珍道中』3を出した。その代わり、疲れすぎて、昨夜はお風呂にも入らずそのまま寝てしまった。

午後少しお昼寝をしてまたパソコンに向かう。

『海流船長とプロ市猫の仲間たち』はあまりに急いで出したため、加筆が必要なところが多く、誤字脱字もあり、冷や汗ものでプチ修正すること日に数度。電子出版だから、こういうことが許される。ありがたいこと。

ルイジの残りの写真を全部アップしてしまおうと思って、新しいHPを作ったから、ここにやらないと。作業。

 同時進行でどんどん進めて行く。ご飯の時間を自分で自由に決められるのは、ありがたい。

私は1日3回食べる必要はない。3時のおやつもいらないし。


1令和2年3月24日 火曜日 

 Kindle Comic Creatorがなぜか、パソコンにすでに入っていた。

私が知らないうちに神様がそうして下さったのだと思う。

写真がどんどん入る。これは楽チン。

文章はpdfにしてから入れる。こんなことやるの初めて。

やり方がわかった。嬉しい。

このやり方でどんどん写真集が出せる。


1令和2年3月25日 水曜日 

 

以前から怪しいと思っていた『客家、東アジアの隠れユダヤ人』を出した。

初めてのKindle Comic Creatorでの作品。

なんだ、こうやればいいのか。でも、サイズの問題とか、pdfにするなど、手間がかかるけど、でも、一度コツを覚えればわかる。

散々な目に遭ったから、気をつけないと。やはり、サイズに関しては、ちゃんと守らないといけないようだ。小さい分には文句はこない。その点、facebookは、名前だろうがサイズだろうが適当でいいから、楽だわ。

でもfacebookで情報出しても始まらない。


1令和2年3月26日 木曜日 

 

素晴らしい!桜が咲いてる。すごく可愛い。

ふうばと桜の写真。
いやあ、ペースが早くなってきた。Kindle Comic Creatorの使い方がわかってきたから。

クラシアンのお陰で、お庭の水道が繋がったから、これでお水撒ける、でも、シャワーヘッド壊れてる。

『写真集スイスで踊る』(土蜘蛛が太鼓を打つ)ができた。ほんの数時間。

さあ、次の写真集も出そう。


1令和2年3月27日 水曜日 

 

1令和2年3月28日 土曜日 

 

バイクで出かける。暖かい春の陽気。だから、翌日どんな天気になるかわからなかったので、膝下ブーツで出かけてしまった。後悔。

目黒の桜、明治通り恵比寿の桜、バイクの上からお花見。

丸正のスーパーの素晴らしさは、辺鄙な田舎へ行った今、実感できる。やっぱり天下の丸正だから、ちゃんとしたブランド品売ってる。パッケージも小さくておしゃれ。

ああ、久しぶりにいいもの買った気分。 四ツ谷で泊まるたびに、丸正で買い物するの楽しみ。

1令和2年3月29日 水曜日 

 

朝起きたらなんと、雪が積もってた。わー、なんで!クンシラン、健気に咲いて、心を打たれる。

ルーテル市ヶ谷の礼拝は中止。

お昼頃、意を決して雪の中、出発。全くもう、遭難しそうになりながらオメガ東京へ向かう。

お芝居はすごく面白かった。演出が素晴らしい。装置もちゃんとしてた。さすがNLT。

帰りは、環八から一号線にすんなりと入れた。途中で食べて暖を取る。

戻ってきたら、もう、疲労困憊して、8時に寝てしまった。 


1令和2年3月30日 月曜日 

 

昨夜あまりに早く寝たので、夜中の1時に起きてしまった。

1時から5時まで、本を読んだり、動画を見たり。

5時から8時まで再び寝て、ゴミを出した。ああ、5時に出しておけばよかった。

たっぷり寝たから、いい感じ。食べてから、郵便局、食べ物を仕入れて、そして、裁判所に電話をして、お刺身でご飯。昼寝6時から8時。

起きてから本格的に電子本。メキシコの写真のサイズ合わせ。タパルパ、プエブロス・マヒカス、モノリトスだけで既に70枚くらい写真があるから、解説入れると、100ページになる。そんなにいっぱいじゃなくてもいいのだけど。

まあ、いい。それくらい放出しても、それでも大丈夫なくらい、写真いっぱいある。


1令和2年3月31日 火曜日 

 

車を手放す決心をした。

いらない。無駄をなくそう。 3ヶ月で3回しか乗らなくて、今日で4回目。

お昼に大船を経て、鎌倉へ行く。

最後に綺麗な景色を見るのもいい。

檜原村は遠すぎるから、これくらいで十分。

鶴岡八幡宮の反対側に着いた。覚えてる、そこの駐車場。太平洋を見ると、パラオの海よりずっと汚い。

だって、800年前から人が日常的な道として海を使っていたから、致し方ないのだろう。

珊瑚が死んでしまっているから、海が死んで、浜がこんなに汚い。

江ノ島を見てショックを受ける。コンクリートとテトラポットで埋め立てをしている。

『海流船長とプロ市猫の仲間たち』の猫流灌漑の方がはるかに自然と調和している。

真夜中に『素敵なメキシコ ハリスコ州1』を出した。くりさん、ありがとう。