これはウィーン大学夏期講座2回目で大学2年の時。
最初の年は、5段階中1番下のレベルのクラス。
2年目には、なぜか上から2番目のクラスに入れられた。
日本にいる10ヶ月でたくさん勉強したことになる。
いつも、ジョヴァンナというイタリア人の隣に座っていた。
前の二人は、フランス語圏スイス人と、オーストリアで英語を教えている英国人で、クラスで1位と2位の成績で表彰された。
私は最初の頃、真面目にやっていたのだけれど、最後の数日は、すっかりジェイムズと恋に落ちてしまい、学校を無断欠席した日も1日あった。
それなのに、各クラス上位3名表彰という時、私を3位にいれて下さった先生のお気持ちに感謝する。
玉川学園は、15歳でドイツ語を教えるので、私は18歳の時にはそこそこできて、19歳の時には、語彙が増えてた。
ウィーンの写真は、探せばどこからか出てくるはずなので、そのうちアップしようと思う。
この春、カルロスが私の生まれた時から、今までの全ての写真と作文、絵画(高校まで)をスキャンしてくれた。
これは、私の人生の壮大なプロジェクトで、この時私は、多くの写真を目にして、失われた記憶を蘇らせた。
素敵なことがたくさん起きた人生だと、思わずニンマリしてしまった。
夜汽車で、パリからウィーンに到着したその日の写真も、見たけれど、そのうち出てきたら、アップしようと思う。
ウィーンでの18、19歳の夏を過ごしたあの時間が、自分の人生の中で大きな要因になっている。
芸術学科の演劇専攻ではなくて、語学科のドイツ語専攻へ行ってよかった。
世界が広がった。芸術は、所詮大学の中で学ぶことではない。
実社会で、その道の最高峰の人に弟子入りして学ぶものだ。